ShowNet 2022と2023でのMedia over IP企画
Interop Tokyo 2024のShowNetに関する理解をしやすくするための事前勉強として、今年のShowNetで行われる展示に関連する過去企画を紹介する記事の「Media over IP」編です。
ブロードバンドが普及し始めた2000年ごろから「放送と通信の融合」というキーワードが各所で謳われてきましたが、これまでの取り組みでは放送コンテンツとインターネットといった視点の議論が多かったのではないでしょうか。 SMPTE ST 2110規格の登場などにより、映像の制作現場にもIP化の波が押し寄せつつあります。 ShowNetのMedia over IP企画は、そういった背景のなか、映像の制作現場で使う映像素際のIP伝送の形を模索するような企画です。
日本国内では、放送機器の展示会であるInter BEEが11月に行われていますが、このInter BEEで行われた企画のひとつである「IPパビリオン」のアドバイザーを行っていたShowNet NOCが行っていた繋がりから、ShowNetでも映像制作現場のIP化を扱うMedia over IP企画を開始しています。 Inter BEEで行われる企画のひとつであるIPパビリオンで得られた知見などをShowNet的な視点の企画にしたような感じでしょうか。 放送局的視点で行われるInter BEEと、通信ネットワーク的視点で行われるInteropは、毎年半期ずれて行われることもあり、お互いに関連しそうなテーマでは協力関係があるようで、そういった背景もMedia over IP企画にはあるようです。
Media over IPは、2022年、2023年と2年続けて行われ、今年は3年目です。 これまで2回行われてきたMedia over IP企画を知ることで、2024年のMedia over IP企画を理解しやすくなると思います。
Media over IPは、放送局などの映像制作現場での利用を想定した、IPを利用した映像転送ネットワークを提案する企画です。 放送局で利用するための映像機器のIP化は、いままさに転換期とも言えるような時期であり、そのような用途を目指した最新機器が毎年登場しています。 ShowNetのMedia over IP企画は、そういった背景のもと、ネットワーク屋が最新機器を使って構築した放送局レベルの映像転送用IPサービスを構築することを目指しているとのことでした。
SMTPE ST 2110
ShowNetのMedia over IP企画の背景にあるのがSMTPE ST 2110です。 SMTPE ST 2110は「ST 2110 Suite of Standards」であり、複数の規格を示すものです。 SMTPE ST 2110は、放送業界で標準的に使われ続けているSDI(Serial Digital Interface)をIP(Internet Protocol)ベースで行うための仕様群です。 ST 2110のうち、最も古いのは2017年に規格が発効されたST 2110-21:2017です。 最も新しいのは、2022年に規格が発効されたST 2110-22:2022です(2024年6月現在)。
SMTPE ST 2110は、マルチキャストの利用、映像や音声の伝送にRTP(Real-time Trasfer Protocol)、セッション情報の告知等にSDP(Session Description Protocol)、時刻同期にマイクロ秒以下の精度を実現可能なPTP(Precision Time Protocol/IEEE 1588)を使うという特徴があります。
マルチキャストによってIP網をハブのように扱い、必要な映像を必要とする機器へと届けるという規格です。 ShowNetのMedia over IP企画では、この「マルチキャストである」という部分が非常に大きなポイントになりました。
2022年の取り組み
まずは、Media over IP企画が行われた最初の年である2022年の内容から紹介します。
Media over IP企画が行われた最初の年である2022年は、Media over IP企画用のマルチキャストトラフィックは、マルチキャストとして直接ShowNetバックボーンを経由したわけではなく、複数の「出島」のようになっている複数拠点が繋がるような形でした。
ここでは、2022年のMedia over IP企画の特徴として、以下の点に着目し、それぞれを紹介します。
- L2ファブリックで複数の拠点を接続
- インターネット経由で遠隔地への配信
参考:2022年のShowNet資料
中継車
2022年のShowNetでは、SONYの中継車も「拠点のひとつ」という形でMedia over IP企画で扱われていました。 SONYの中継車は、その内部がL2ファブリックのようになっており、コントローラによって管理されたSDN(Software Defined Network)が中継車内に作られています。 そのネットワーク内では、必要とする映像ストリームの経路が必要に応じて必要な機器へと誘導されます。
インターネット経由で遠隔地への配信
SMTPE ST 2110の全てのプロトコルの名称は「Professional Media Over Managed IP Networks」から始まっていることからも、SMTPE ST 2110が基本的に閉域網での利用を想定していることがわかります。
2022年のShowNetでは、他のトラフィックが流れているIP網を経由しつつも、SMTPE ST 2110を利用する機器同士で映像の送受信が行えるというデモも行われていました。
このデモを行うために、特殊なNATが利用されています。 SMPTE ST 2110のトラフィックはマルチキャストで送受信されますが、ASを超えるマルチキャストルーティングは、現時点のインターネットでは現実的ではありません。 そこで、マルチキャストパケットとユニキャストパケットの変換を行える装置によって、ASを超えて映像の伝送を行えるように工夫しています。
マルチキャストとユニキャストの変換は、Media over IPのためのファブリックを構成するCiscoのNexus 93180YC-FX3に含まれるIPヘッダのNATで実現しています。 マルチキャストパケットを受信するためには、マルチキャストグループへのJOINも必要なので、JOINメッセージを送信してグループに参加したうえでNATを行うといった処理も行ったうえでのIPヘッダ変換が行われました。
ユニキャストに変換された映像ストリームは、SRv6を利用して制御されたうえで、DIX-IEを通じて大阪の堂島に転送され、そこから折り返して幕張に返ってくるというデモが行われていました。
ネットワークに直接繋がる映像機器
ネットワークに直接繋がる映像機器も2022年ShowNetのMedia over IP企画で使われていました。
SFPモジュール型のST2110エンコーダ・デコーダは、通常のネットワーク機器にSDIインターフェースがついているような状態になるので、なかなか面白かったです。
参考:SFP型のSDI入出力で4K映像をShowNetにIPマルチキャスト配信 - Interop ShowNet 2022
ST2110の送受信が可能なカメラも展示されていました。
これらの機器は、遠隔からの設定や操作を行える機能が含まれる場合もあるというのもIP化による恩恵のように思えました。
ファブリックで複数の拠点を接続
2022年のShowNetには、複数のベンダによって、ベンダごとのファブリックが使われていました。 ファブリックは、各社が独自の手法で実現していることが多く、たとえばコントローラなどが異なるため、2022年のShowNetではベンダごとに異なるファブリックを構成していました。
複数のファブリックが運用された2022年のShowNetでは、中継車の内部ネットワークもファブリックのひとつとして運用されていました。 ファブリック同士をそのまま一緒に運用するのは難しいため、中継車内部ネットワークのファブリックは、ShowNet内の他のファブリックのリーフから外部ネットワークとして別のファブリックに接続するという構成になっていました。
ファブリックに求められる機能のひとつとして、巨大なマルチキャストトラフィックによる輻輳を可能な限り避けるというものがありました。 マルチキャストは、JOIN要求を出した受信者がいる場所に向かってトラフィックが流れますが、複数のトラフィックによって帯域が輻輳しないようにマルチキャストトラフィックが流れる経路を構成していました。
2023年の取り組み
次は、2023年ShowNetのMedia over IP企画です。
ここでは、2023年のMedia over IP企画の特徴として、以下の点に着目し、それぞれを紹介します。
- SMPTE 2022-7
- PTPによる時刻同期
上記の他、2022年と同様となるステージからの映像だけではなく、固定カメラを用意したり、Local 5G越しに映像を見ることができたり、といった違いもありました。
ShowNet 2023のトポロジ図などは公式ドキュメントをご覧ください。
SMPTE 2022-7
SMPTE ST 2022という規格もあります。MPEG-2やSDIのIPでのカプセル化や同期、誤り訂正符号化(Forward Error Correction)、冗長化とヒットレス(シームレス)切り替えなど7つの規格がSMPTE ST 2022で定義されています。
ShowNet 2023のネットワーク構成を理解するうえで大きなポイントだったのが、SMPTE 2022のうちのSMPTE 2022-7です。 SMPTE 2022-7は、Amber(アンバー/琥珀という意味)とBlue(ブルー/青)、もしくは、PrimaryとSecondaryと呼ばれる2系統のネットワークを用意する規格です。
SMPTE ST 2110では、AmberとBlueの両方に同じ信号をRTPで流しつつ、受信側も両方を受け取ります。 Amber側に何か問題が発生しても、瞬時にBlue側に切り替えれば、映像が問題なく継続して利用できるというものです。
2023年のShowNetでは、AmberとBlueのために2つの異なる経路を用意していました。 ShowNet 2023のトポロジ図全体を見ると、左側にMedia over IP企画によるエリアがありますが、この部分を拡大してみると、ネットワークが2系統になっているのがわかります。
多少マニアックな視点になってしまうかも知れませんが、SMPTE 2022-7の条件を満たすために、直接まじわらない2系統のネットワークを作られているというのがShowNet 2022のトポロジ図から読み取れます。
PTPによる時刻同期
PTP(Precision Time Protocol)は、マイクロ秒以下の精度での時刻同期を実現できるプロトコルです。 PTPの最初のバージョンは2002年に規定されたIEEE 1588-2002です。 2008年にIEEE 1588-2008がPTPバージョン2として規定されています。
PTPは、GPS/GNSS信号を受信し、精度の高い時刻情報をネットワーク内にマルチキャストで配信できます。 ネットワーク等による遅延を推定するという仕組みはNTPと似ている部分がありますが、OSの上で動くことを前提としているNTPとは異なり、PTPでは、より精度を高めるためにハードウェアやドライバ等での制御が行われます。
2023年のShowNetでは、PTPによる時刻同期をShowNetが提供しています。 以下が、2023年のPTPトポロジ図です。
Media over IP企画の機器は、PTPの信号を受け取って同期をする必要があり、ShowNet 2023では、PTPの運用も行われていました。
2024年企画に関しては後日
以上が、2022年と2023年のMedia over IP企画概要です。
2022年、2023年を通じてMedia over IP企画で伝えられ続けているテーマのひとつに、「他のインターネットトラフィックが流れているところでの映像制作で使われる品質の映像を扱う」という点があげられます。 こういった技術を突き詰めていくと、テレビ局の局社内のネットワークを組む自由度が上がるのではないかといった考えもあるようです。
過去2年の取り組みをさらに発展させたものが今年のMedia over IP企画になるようです。 この記事を執筆している段階では、今年のInterop Tokyo会期前なのでShowNetが完成しておらず、まだ今年の内容がどのようなものになるのか聞いていませんが、Interop Tokyo 2024が始まったら今年のMedia over IP企画を取材したいと考えています。
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