「ピアリング戦記 - 日本のインターネットを繋ぐ技術者たち」を書きました!
書名:ピアリング戦記 日本のインターネットを繋ぐ技術者たち
著者:小川晃通 著
発行:2022年7月13日
ISBN:978-4-908686-14-6
A5判、152ページ
紙本体2000円
電子本体1800円
インターネットを構成する「技術」は世界共通です。 その仕様であるTCP/IPは万人に対して公開されており、解説書も数多くあります。 仕様や解説書は体系的に記述されているので、一見するとインターネットは実に合理的に技術的な要請に基づいて構成された形をしているように思えるかもしれません。
しかし、インターネットは人間が作り運営しているものです。 そのため、インターネットの形には「人間の営み」が少なからず影響しています。
そもそもインターネットを物理的に構築するためにはどうしても各所でお金が必要です。 回線代、場所代、電気代、運用者の人件費など、維持にはさらにお金がかかります。 お金が動く以上、そこにはビジネスがあります。 そして、通信事業で動くお金は巨大です。 たとえば、日本における2019年度の電気通信事業の売上高は約15兆円に上ります(参考)。
それだけの規模の電気通信事業を支えるために使われる技術にも巨大なコストがかかります。 インターネットの基幹部分で利用されているルータの値段は、1台で1億円を超えることもあります。 そのような高価なルータには、他のルータなどと接続するための「ラインカード」と呼ばれる部品が複数挿入されていて(このラインカードだけでも数千万円します)、その回線を使って拠点間を繋ぐときには、月額で数千万円といった規模の契約が交わされることもあります。 さらに、その回線を流れるトラフィックの量に応じて従量課金が発生する場合もあります。
こうしたコストは、額が巨大だからこそ、「どの組織とどのように繋がるか」を変えるだけで大きく変化する場合があります。 インターネットと接続することによって発生するトラフィックをどのような経路で受け取るのか、または、送るのかによって、運営コストが大幅に変わることがあるわけです。
そのため、インターネットの運営にかかわっている組織にとっては、「どの組織とどのように繋がるか」が重要な関心事になります。 結果としてインターネットの形は、技術的な要請だけでなく、競争を前提としたさまざまなビジネス判断の積み重ねによって左右されてきました。 技術という視点で語られがちなインターネットですが、そこで繰り広げられているのはビジネスであり、競争の世界なのです。
本書のテーマは、この競争の世界という視点を交えて、日本のインターネットがどのように進化してきたのかを記録することにあります。 中でも、インターネットにおいて組織同士が繋がる形態の1つである、「ピアリング」に焦点を当てています。 TCP/IPの解説書を読むだけでは見えない世界を垣間見ることができる、そんな本を目指しました。
インターネットというビジネスは、さまざまな組織がお互いに繋がることで実現しています。 互いの利益が一致している組織はあっさり繋がるでしょう。 場合によっては、何らかの交渉が組織の間で発生することもあります。 もちろん、ビジネス上の理由があって相互接続が実現しない場合もあります。 逆に、ビジネス上はライバルであったとしても、インターネットとしては仲良く繋がるのが重要という場合もあります。 協調と競争は両軸です。 そうした関係の中で「コミュニティ」も生まれます。
人間の営みでは、特定の動きを作り出すキーパーソンの信念や行動に大きく左右されることが珍しくありません。 本書のテーマとなる「ピアリング」は、いわば日本のインターネットの大構造にかかわる営みだと言えます。 そのため、そうしたキーパーソンが大きな影響を与えている可能性が高いように思えるシーンがいくつかあります。 そこで本書には、通常であれば業界関係者と居酒屋に行ったときに昔話として聞くような方法でしか知ることができない、そういった情報もインタビューという形でちりばめました。
注意が必要なのは、本書は、あくまでも限られたいくつかの視点で観測した日本のインターネットの紹介であるという点です。 日本のインターネットがどのような構造になっているのかを、本書のみで知り尽くすことはできません。 日本におけるピアリングやIXの歴史や現状を網羅するものでもありません。 それでも、これまで秘密というわけではないが文書として残されてもこなかったような話を含んでいるため、さまざまな要素のうちの一部を紹介することはできていると考えています。 本書を通じてオープンになることで、多くの人が日本のインターネットの成り立ちとこれからを知る一助となればと考えています。
本書の構成
本書の各章では、このピアリングを切り口として、日本国内のプレイヤーの視点でインターネットにおいてどのような出来事があったのか、それがインターネットだけでなく実社会にどのような変化をもたらしてきたのかを、以下のような構成で紹介します。
- 第1章 「ピアリングを巡る静かな戦い」
- 第2章 「データセンターとその立地」
- 第3章 「IXとは何か?国ごとに違うIX」
- 第4章 「ピアリング相手の探し方」
- 第5章 「コンテンツ事業者の台頭」
本書の主な対象読者は、インターネット技術全般に関係する業務に携わっている方々や、そうした仕事に興味を持っている学生の皆さん、その他インターネットの仕組みや日本国内におけるピアリングなどに興味がある方々です。 これから日本の情報通信業界にかかわる方々、現在かかわっている方々、または日本のインターネットの構造などに興味がある幅広い方々にとって本書の内容が参考になれば幸いです。
本書で初めて「ピアリング」という言葉を耳にする方もいると思いますが、そうした方にも読んでいただけるように最低限の技術解説は含めてあります。
とはいえ、本書はいわゆる技術解説だけを目的とした本ではありません。 技術的背景を紹介するとともに、実際に起きていたビジネスの話を解説することで、リアルなインターネットの運営を疑似体験してもらえることを目指す本です。 業界の中にいればいつの間にか知っているかも知れないけれど、広く一般に公開されているわけでもない、そういった微妙なラインの情報を伝えるために、さまざまな出来事の最前線で戦ってきた当事者たちの生の声もインタビューという形で掲載しました。 現在の日本のインターネットを築いた仕事と、その実社会との繋がりを感じてもらいつつ、技術的な正確さが損なわれていないことを目指した読み物になっていると考えています。
インタビューだけでは一部の人にしかわからない内容になってしまう、逆に、技術解説だけの教科書では面白くないと考えたので、本書では、技術や慣習等を軽く紹介しつつ、各所にインタビューを交えるというハイブリッドな構成にしました。
目次
はじめに
本書の構成
第1章 ピアリングを巡る静かな戦い
1.1 インターネットはネットワークのネットワーク
1.2 ルーティングプロトコルとしてのBGP
1.3 ASを運用する組織と組織を繋ぐBGP
1.4 BGPの仕組みの基本
1.5 ポリシーで決まる経路
1.6 組織の力と対価がBGPの経路を決める
1.7 ピアリング
1.8 ピアリングのルール
1.9 なぜピアリングを行うのか?
1.10 デピアリング
第2章 データセンターとその立地
2.1 BGPルータは同一のL2セグメントで運用される
2.2 データセンターの価値は入居している事業者でも決まる
2.3 価値のある拠点は集中しがち
2.4 新たな拠点に参入するときに考えること
2.5 2010年代に大阪では何が起こっていたか(インタビュー)
2.6 堂島問題
第3章 IXとは何か? 国ごとに違うIX
3.1 みんなでBGPルータを繋ぐ場としてのIX
3.2 パブリックピアリングとプライベートピアリング
3.3 国や地域ごとに違うIX
3.4 日本のIX
3.5 NSPIXPが切り開いた日本のIXとピアリング(インタビュー)
3.6 商用IXの始動:JPIXから見た日本のインターネット(インタビュー)
3.7 もう1つの選択肢、JPNAPの誕生(インタビュー)
3.8 アジアを代表するIXとなったBBIX(インタビュー)
3.9 10年前のピアリング状況とコミュニティ活動によるIXの変化(インタビュー)
第4章 ピアリング相手の探し方
4.1 どこで誰とピアリングするか?
4.2 探し方いろいろ
4.3 GPFやPeering Asiaなどのピアリングイベント(インタビュー)
第5章 コンテンツ事業者の台頭
5.1 ハイパージャイアンツ
5.2 キャッシュサーバをどこに置くのか?
5.3 動画コンテンツによるトラフィックの増加
5.4 プライベートピアリングの増加
5.5 NTTドコモとピアリングする意味(インタビュー)
5.6 BIGLOBEがISP視点で見てきた日本のトラフィックの変化(インタビュー)
あとがき
発起人より
本書の企画について
本書は、日本におけるピアリングの最前線に立つ何人かの有志の方々(発起人)から筆者がお声がけいただき、執筆がスタートしたものです。 発起人の方々との相談の中でまとめた企画書では、本書の目的が以下のように要約されています。
> 日本でのピアリングを取り巻く環境の直近10年(2011年ごろから2021年ごろまで)の変遷および発展を記録し、さまざまな業種の方々にピアリングの理解を広めてもらい、ピアリングに興味を持つ人を増やすことを目的とした書籍を制作・発行する
「インターネット業界」という言葉は、今では多種多様なジャンルの活動が連想される表現になっています。その中でも本書で扱っているのは、物理的な回線やISPなど、「ネットワークとしてのインターネット」を作るという活動です。「情報通信という視点でのインタ ーネット業界」について扱った本だと言ってもいいでしょう。
私はこれまでにも、そのような「インターネット業界」の方々に取材やインタビューをしたり、JANOGやInteropなどの発表を聞いたり、あるいは各所での雑談や飲み会などで直接お話を伺ったり、いろいろな話を聞きかじってきました。 それをもとにブログや雑誌などの媒体で「インターネットの舞台裏を可視化する」という趣旨の記事を執筆することもよくありました。 本書では、「ピアリング」という具体的なテーマを決めて当事者の方々にインタビューができたことで、そうした記事よりもさらに一歩深く、日本のインターネットがどのように作られ、また運用されているのかを部分的に可視化できました。
インターネットの成り立ちには、本書に収録したインタビューでも明らかにされているような、一部の当事者の方々の記憶にしか残されていない、人知れず起きた出来事が少なからず存在しています。 そうした話を本書のような形で残すことで、「インターネットそのものがどのようになっているか」を示すときの参考文献にしてもらえるような公開情報が増えることは、実はとても大事なことなのではないかと個人的に考えています。
本書の企画をご提案いただいた発起人の方々、本書の実現を可能としたスポンサーの各社さまおよび個人の皆さま、インタビューにご協力いただいた方々、ラムダノート株式会社の鹿野さんと高尾さんに感謝いたします。 皆さまのおかげで、世界的にも非常に珍しいと推測される、ピアリングを主テーマにした書籍を世に出すことができました。 ありがとうございます!
本書の執筆方法について
本書執筆の方法は、ラムダノート社とのいつもの執筆方法ですが、今回は、そこも少し紹介させてください。
本書執筆には、Markdown+gitを使っています。
- ラムダノート社でのMarkdownを使った記事の書き方
- 2008年ごろの書籍開発体制(鹿野さんの当時の所属はオーム社)
- 本の原稿のバージョン管理を始めて20年たちました(ラムダノート社 2022年7月のブログ記事)
執筆につかったエディタはvimです。 vimでMarkdownをテキストとして書きつつ、ある程度原稿が形になったところでgitを使ってgithubに原稿を送っています。 図は主にパワポで書いて、鹿野さんに清書してもらいました。 そのような感じで約1年半ぐらいコツコツと原稿などを書き続けました。
私の手元にある原稿が一通り書き終わり、一次脱稿した後に、ラムダノート社による編集が開始されます。 軽微な変更に関しては、そのままmainブランチに対してcommitが行われていくのですが、変更が大きくなるようなときには鹿野さんからpull requestが送られて来て、それを確認して、著者としてOKであればpull requestを承諾してbranchをmergeします。
pull requestの内容で変更を行いたい場合には、承諾する前にbranchにある原稿を編集しつつ鹿野さんと相談することもありますし、納得いかずにpull requestをまるごと拒否したこともあります。 そういうときは、鹿野さんと、あーでもないこーでもないと議論(バトル)が勃発するわけです。
そして、最終的に書籍という形が完成し、発売開始!です。
最後に
いつも、書籍執筆を開始すると「これ、本当に完成させられるのだろうか?」と不安になるわけですが、発売開始まで無事に到達すると、「無事終わった」とホッとするという側面もあります。 そして、気がつくと私が関わる本としては9冊目です。 おかげさまで「ピアリング戦記 - 日本のインターネットを繋ぐ技術者たち」を無事に世に出すことができました!
そして、本書は、世界的に珍しい内容の本に仕上がっています。
この本に書いてある全ての内容を事前に知っていた人は恐らく存在していなかったと思います。 日本屋内においてピアリングを積極的に行い続けているプロ中のプロとも言える発起人の方々でさえも「知らなかった」ことが本書各所に含まれているようです。
個人的には、非常に面白い本を作れたと考えています。 みなさま、ぜひよろしくお願いいたします!
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