金と力のインターネット
「ユーザがインターネットサービスプロバイダにお金を払う」という部分をイメージできる方々は多いと思いますが、インターネットサービスプロバイダは、どこにお金を払ってインターネットとつながっているのでしょうか?
普段インターネットを利用していると、忘れがちですがインターネットそのものも誰かが運用しています。そして、その運用にはお金がかかりますが、誰がどのように経費負担をするのかに関しては「金と力」が影響します。金と力のバランスによって、インターネットは日々形を変えているのです。
「ネットワークのネットワーク」であるインターネット
インターネットの前身であるARPANETが運用開始されたのは1969年でした。その後、ARPA(高等研究計画局)のロバート・カーン氏と、スタンフォード大学のヴィント・サーフ氏らによって現在のインターネットの基礎となる研究が開始されたのが1973年です。RFC 675は、その研究成果を記した文章ですが、その中で、複数のネットワークを接続させることを「internetworking」としています。「〜間の」という意味を持つ「inter」と、ネットワークを作って運用することを示す「networking」を組み合わせたものです。その「internetworking」を短縮した単語として複数のネットワークによって構成される「ネットワークのネットワーク」の名称を「internet」としているのです。
「ネットワークのネットワーク」であるインターネットは、AS(Autonomous System/自律システム)という「ネットワーク」の集合体です。言い換えると、インターネットはASがつながり合う世界的な巨大ネットワークです。
AS同士をつなげるときに使われるのがBGP(Border Gateway Protocol)という仕組みです。既にインターネットの一部となっているASとBGPで繋がることで、それまでインターネットの一部になっていなかったASがインターネットの一部になれます。
BGPと金と力
BGPは、経路情報を柔軟に扱えるプロトコルです。単純に「近いから」という理由だけでなく、「この組織には経路を渡すけど、この組織には渡さない」や「この組織の経路は自分のAS経由で広告しよう」といった制御ができます。
BGPにおける経路の広告は、「このネットワークは、こっちにありますよ!」とインターネットに向けて叫ぶようなものです。その広告を受け取った他のASは、「こっちにパケットを送れば、あそこに届くのか」と認識できます。そのため、BGPで経路を広告すると、その経路に向けたパケットを受信できるようになります。こういったパケットの「流れ」は、「トラフィック」と呼ばれています。
インターネットでは、トラフィックの大小がお金と直接関係することがあります。より巨大なネットワークを構築し、より多くのASと接続し、より多くのトラフィックを引っ張ってこれるネットワークには「力」があるのです。そのような「力」は、「金」を他の組織に要求する理由になります。「あなたの組織に対してトラフィックを流すことに対する対価を払ってください」と言えるようになるのです。
たとえば、誕生して間もないある組織が新たにインターネットの一部になろうとしたときを考えてみましょう。最初は、小さいな組織とつながっている相手がいないので、インターネットの一部になれません。しかし、小さな組織もインターネットの一部になりたいので、どこかとBGPで繋がる必要があります。しかし、大きな組織にとっては、無条件で小さな組織と繋がっても旨味はありません。BGPで繋がることそのものに対して小さい組織側に一方的にメリットがある状態です。
そこで登場するのが「お金」です。小さい組織は、大きな組織にお金を払うことでBGP接続をしてもらい、トラフィックを流してもらうのです。
「ユーザ数」という新しい力を背景とした綱引き
インターネットでは、金と力を伴う綱引きが発生することもあります。AS同士が「タダにしろ」「お前がお金を払え、いやいや払うのはお前だ」といった交渉を繰り広げます。
超巨大バックボーンネットワークを持つ組織同士(ティアワン)が喧嘩別れになって断絶してしまったこともあれば、ケーブルテレビ会社が超巨大バックボーンネットワーク会社に競り勝ったと思われる事例もあります。
昔は超巨大バックボーンネットワークを持つ会社の力が強かったものの、ネットワーク運用事業者の「力」は、昔と比べると徐々に弱くなっているとも言われています。たとえば、最近は世界のWebトラフィックの何割かはGoogleによるものになっているのではないかと推測されるなど(参考1、参考2)、ユーザに対してサービスを提供するWebサイト等を運用する事業者の存在が大きくなっています。
インターネットの金と力の勢力図は日々変わりつつあるのです。
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