「インターネットの根っこ」を巡る戦い

2014/3/17-2

3月14日に、米国政府(NTIA/米国商務省国家電気通信・情報庁)が1998年より持ち続けているルートゾーン(Root Zone)の管理権限を手放すことを公表しました。 これは、インターネットの根幹部分の運用形態に非常に大きな変化が起きる兆しとも言えます。

ルートゾーンは、「インターネットの根っこ」とも言えるインターネットの根幹です。 今回、米国商務省が発表したのは、それを移転する意思です。 「グローバルなマルチステークホルダーコミュニティに対して、インターネットのドメイン名機能を移転する意思」と発表文章に書かれています。

「インターネットの根っこ」の管理権限

日本の国別コードトップレベルドメイン(country code Top Level Domain)である.jpや、多くの企業が利用している.comなどのgTLD(generic Top Level Domain)などがルートゾーンに登録されています。

インターネットを解説した文章では、ルートゾーンを管理するDNS(Domain Name System)サーバとして「13系統のルートサーバ」が紹介されていますが、それら13系統全ての中身が単一のルートゾーンです。

1998年から今まで、ルートゾーンの管理契約とルートゾーンに何を掲載するかを決定するIANA(Internet Assigned Numbers Authority)機能は、それぞれ米国商務省が契約することになっていました。 ルートゾーン管理契約はVerisign社(「ベリサイン」というとSSL証明書を連想される方々も多いと思いますが、2010年にセキュリティ事業などがシマンテック社に売却されています)、IANA契約はICANNと、それぞれ取り交わされています。

ルートゾーンには、各国のccTLDの権威DNSサーバが登録されています。 たとえば、ルートゾーンから特定のccTLDのための権威DNSサーバが削除されると、そのccTLDに関連する通信が軒並み行えなくなってしまいます。 「国家全体がインターネットから消されてしまう」というのに近い状態です。 インターネットが経済活動に影響を与えるようになった現在、そういったことが起きると、経済に多大なダメージが発生する可能性があります。 そして、米国政府が命令すれば、ルートゾーンから特定のTLDを削除できる可能性があったわけです(現在の情勢では、実際にそういったことが発生する可能性は限りなくゼロに近いのでしょうが)。

そういった背景もあり、主にロシア、中国、アラブ諸国、その他多くの新興途上国が「インターネット管理権の米国一国独裁は改めるべきだ」と言っていたわけです。 一方で、インターネットは米国が発明および普及させた技術であり、普及したからといって管理権限を要求されるというのは、庇を貸して母屋を取られるようなものであるとも言えそうです。

激しさを増しているインターネットガバナンス議論

最近、ルートゾーンなどを含めて、誰がどのようにインターネットを統括するのかに関して、主に日米欧による「現状維持派」と、主に中露・アラブ諸国・アフリカ諸国などによる「変えたい派」の間での綱引きが激しさを増しています。 インターネットの将来を決定できてしまうような会合(今年10月のITU PP-14と、来年6月のWSIS+10)が国連で予定されているためです。

「変えたい派」が出した意見には、自国内だけではなく他国においてもインターネット上に流通するコンテンツを規制でき得るようなものや、インターネットに接続されたサーバ内で行う処理内容に対する規制と解釈できるものや、国家がインターネットを遮断することを国際条約として正当化できるようなものもありました。

そういったものが国際条約として拘束力を持ってしまうこともあり、国連の各所で同じような議論が延々と平行線を辿り続けています。

大きくなった「変えたい派」の声

特筆すべきは、「変えたい派」の声が昔と比べると非常に大きくなっていることです。 2012年末にドバイで開催されたWCIT-12は、国連で多数決を取ると「変えたい派」が多数派になる可能性が高いということが示されました。 そもそも、全会一致が伝統であったITU-Tにおいて投票によってものごとが決められ、そのうえで多数の国々が署名を拒否するという事態になってしまったことが異例でした。

その背景としてあげられるのが、「アラブの春」です。

中東地域において、2010年と2011年に多くのデモなどを伴い、長く続いた政権が変わるなど、大きな変化が起きました。 当時、その変化は「アラブの春」とも呼ばれていましたが、その過程でソーシャルメディアなどが活躍したという報道がありました。

そのため、「アラブの春」以降、専制体制を維持するためにインターネットを規制したいという国家が増えました。 それがWCIT-12での多数決に繋がったわけです。

スノーデン事件と、4月に開催されるブラジル会合

直近では、ブラジルのサンパウロにて、4月23日と24日に開催される会合が要注目です。

この事件は、2013年9月24日に、国連でブラジルのジルマ・ルセフ大統領がスノーデン事件を「人権侵害であり、国連法違反である」と批判しつつ、国連によるインターネット統治を提案した流れで開催が決定したものです。

その二週間後である10月7日に、IAB、ICANN、IETF、ISOC、W3C、世界五地域のインターネットレジストリ(RIR/Regional Internet Registry)が共同で「モンテビデオ声明(Montevideo Statement)」を公表しています。

モンテビデオ声明が公表された次の日に、ICANNのCEOであるファディ・シェハデ氏がブラジル大統領と会合を持ち、2014年4月にイベントが開催されることが決定しました。

ブラジルといえば、ブラジル国民のデータをブラジル国内に留めることを求めた法律が成立したことによって、昨年10月に同国からGoogle Public DNSが撤退しています(Renesys: Google DNS Departs Brazil Ahead of New Law)。

ブラジル大統領が国連で演説し、その後ブラジルで会合が開かれるのが非常に象徴的であるようにも思えます。

スノーデン事件と911テロ

スノーデン事件が明かした状況に至った背景には、911テロがあると思われます。 911テロ後に出来た法律によって、米国政府によるインターネットの監視が強化されました。

インターネットコミュニティで活発に活動していた米国民の多くが監視や検閲に反対という立場でしたが、911テロ後は「それも仕方がない」という空気が支配的になったという意見を良く耳にします。

そう考えると、911テロとその後の米国世論も、現在のインターネットガバナンス議論の大きな要素である気がしてなりません。

最後に

どういったプロセスでその検討が行われ、最終的にどういった体制になるのかは、まだこれから議論されるという段階ですが、インターネット全体を統括しているとも言える「インターネットの根」を巡る綱引きが活発化しています。

今年と来年に何がどのように決まるのかで、今後のインターネットがどういった形態で運用されるのかが変わって来ると思われます。

米国政府とICANNの間で2012年に結ばれた現在のIANA機能契約は、2015年で切れます(参考:NTIA : IANA Functions Contract)。 2012年にICANNと契約を結ぶ際、予定通りに契約が行えずにゴタゴタしていましたが、2015年の契約切れのときに何が起きるのか起きないのか、非常に気になる今日この頃です。

関連

最近のエントリ

過去記事

過去記事一覧

IPv6基礎検定

YouTubeチャンネルやってます!