コンタクトレンズ型ディスプレイ
コンタクトレンズ上にLEDを焼き込んでコンタクトレンズ型ディスプレイを生成する方法を提案している論文を読みました。 コンタクトレンズ内に電子回路を構築する方法が解説してある非常に面白い論文でした。 この論文は2008年の初頭に発表され、話題になっていました。
"CONTACT LENS WITH INTEGRATED INORGANIC SEMICONDUCTOR DEVICES",
H. Ho1, E. Saeedi, S.S. Kim, T.T. Shen, and B.A. Parviz,
IEEE, Micro Electro Mechanical Systems, MEMS 2008, Tucson, AZ, USA, January 13-17, 2008
ただ、注意が必要なのは、この論文はコンタクトレンズ型ディスプレイを完成させたというわけではないことです。 コンタクトレンズディスプレイを生成するにあたっての要素技術とは成り得ますが、恐らくこれを装着しても何も見えないのではないかと思われます。
まず、電源供給に関して何も述べられていません。 恐らくコンタクトレンズ内に回路を埋め込んだところまでが論文の成果で、それを稼働させるところまでは及んでいないと予想しています。
行っている評価も「兎の目に20分入れても問題は発見できなかった」というものであり、見えるか見えないかや、LEDを点灯させることに関しては記述されていません。 メディアによる記事を見ると「できない」と明言されているようですが、論文本体だけを見ても「書いていない」だけのように見えます。 口頭発表のときに最後の折り曲げ工程でLEDが点灯できなくなる点が述べられたのかも知れないと予想しています。
この論文は、コンタクトレンズディスプレイという点がフォーカスされることが多いのですが、実は本質はそこではなく、画期的なフレキシブル小型マイクロエレクトロニクスの生成方法論文なのではないかという意見もあるようです。 特に、マイクロLEDを構築したり、LEDをセルフアセンブリでくっつける部分が興味深いそうです。
以下、概要です。 誤訳などの可能性もあるので是非原文もご覧下さい。
概要
概要には以下のような内容が書いてあります。 以下、一部を翻訳してみました。
コンタクトレンズは視覚を矯正するための高分子性構造物(polymer structures)である。 本論文では、様々なマイクロデバイスをコンタクトレンズに埋め込むためのマイクロファブリケーション(微細加工)技術セットを紹介する。 この技術により、コンタクトレンズ上のディスプレイや、角膜上のセンサなどが実現できる。 ウサギに対する生体適合性を有するコンタクトレンズの実装も紹介する。
1. はじめに
1章では、HUD(Head Up Display)や医療現場でのセンサについて述べていました。 既存のHUDはポータブルではなく大きいため、モビリティには向かないなどの意見とともに、コンタクトレンズに入れられれば小さくなるという話が述べられています。
個人的には、CODECや電源などディスプレイそのものではない部分も既存のヘッドマウントデバイス(HUDをシステム全体で見たときの視点です)を大きくしている要因であるような気がするので何とも言えないような気がしましたが、コンタクトレンズに入ればその分は小さくなると思います。
2. 生成方法
2章にて生成方法が詳しく記述されています。 この論文の大部分が2章です。
鋳型製作
プラスチック鋳型はフォトリソグラフィー、メタライゼーション、レーザーリフトオフによって生成したそうです。 鋳型は100μm PETフィルム上に製造され、CO2レーザーでカット。 カットは標準4インチウエハーと同じ形状になるように行われたそうです。
(図は論文より)
金属レイヤーを生成するためにAZ 4620 positive resist, UV exposure,development in AZ 400K developer solutionが利用され、 一つ目のレイヤーは5nm厚のクロム、150nmニッケル、100nmの金によって構成されていると記述してありました。
二つ目のレイヤーはSU8-2ネガティブフォトレジストを使ってセフルアセンブリ用の穴を生成するとともに、交差する金属部分の絶縁を行ったそうです。 PETは70度で問題を起こすようになるので、SU8での焼き込み作業は65度に5分間保ったと述べられています。
二つ目の金属レイヤーはpositiveリソグラフィーとスパッタリングで生成したそうです。
LED製作
この研究では、レンズに載せるコンポーネントとしてマイクロLEDの生成方法も紹介されています。 丸くて赤いLEDの多層構造が紹介されています。
(図は論文より)
(図は論文より)
セルフアセンブリ
マイクロコンポーネントを正しい場所に設置するためにセルフアセンブリ手法を採用したそうです。
アセンブリサイトの方に穴を空けておき、IPAリンスと酸素プラズマ(5分間)洗浄を行い、溶融合金と酸性の水につけてから、大量のマイクロLEDをアセンブリサイトの上に流し込んで、自動的に穴にはまるようにしたそうです。 その後、65度まで全体を加熱して溶解合金を溶かすことでLEDを固定したと記述してあります。
(図は論文より)
論文中には、この方式で固定したマイクロLEDが発光している写真も掲載してありました。
折り曲げと表面安定化処理
LEDがアセンブリされたプラスチックの表面に薄いPMMAをコーティングし、LEDをカプセル化するとともに生体適応性を実現したそうです。 PMMAはホットプレート上にて65度で1時間焼く事によって表面に加工したとのことでした。
その後、240度に熱せられたアルミニウムの型で数秒間押し付ける事によってコンタクトレンズの形に折り曲げたそうです。
(図は論文より)
(図は論文より)
3. 実験と結論
折り曲げる前の状態では、発光するLEDを含むコンタクトレンズは生成可能であり、成功例を示せたと論文では記述してあります。 しかし、最終的に折り曲げるところで歩留まりが急激に悪くなるとも述べています。
もしかして、それって、要は「コンタクトレンズ型」に折り曲がっていてLEDが発光するものは、「ほとんど生成に成功しない」もしくは「生成に成功していない」と書いてるのでしょうか? 文中にはあまり詳しい事は書かれていないような気がしますが、きっとまだ課題が多い研究なのだろうと思います。 しかし、そのような状態だと逆にチャレンジングで面白そうです。
その後、数多くの折り曲げ後のコンタクトレンズを兎の目に装着したそうです。 最大20分間継続して装着しても問題は発生しなかったそうです。 まばたきの時にも問題は発生しなかったと記述してありました。
(図は論文より)
なお、ウサギの目に装着したコンタクトレンズにはLEDが含まれていないそうです。 LEDが含まれていないということは回路だけ?なのでしょうか?
全体的な感想
非常に面白い論文だと思いました。 このような基礎的な研究が積み重なって斬新なデバイスが出来上がって行くのだろうと思える論文でした。 実験の部分はあまり多く書いていないので恐らく意図してぼかしているのだろうと感じました。
今回の論文はtwitter上で稲見先生が「この論文を読んでる」とつぶやいているのを拝見して読んでみようと思いました。 あまりに専門外なので、結構意味不明で理解するのに異常に時間がかかってしまいましたが、知らない事を辞書で調べたりインターネットで検索していると「こういう機器が一般的にあるのか」ということがわかって面白かったです。
なお、私の専門外な論文だったので変な事が書いてあるかも知れません。 間違いなどご指摘頂ければ幸いです。
この論文に関するメディア記事
昨年始めに様々なところで記事として扱われたようです。 恐らく、以下のメディア記事を読んだ方が、私の文章よりもわかり易い気がします。。。
TechOn :【MEMS2008】コンタクト・レンズをディスプレイ,カメラ,各種バイオ・センサに,米大学がウサギ用に試作
Engadget : 眼に入れても痛くない(らしい)コンタクトレンズ型ディスプレイ
Technobahn : ワシントン大学、コンタクトレンズ型ディスプレイの試作に成功
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