アプリキャストSDKが一般解放、5年後には「テレビ」という概念が変わるか?
Sony Dealer Convention 2008に参加してきました。 イベント会場で様々なセッションが開催されていたのですが、その中で一番面白かったのがアプリキャストセッションでした。
アプリキャストのセッションでは、近日中にアプリキャストSDKが一般個人向けに公開されることが発表されていました。 「近日中」とは、かなり近い日程であり、遅くとも1ヶ月以内であるそうです。
今まで、法人向けには公開されていましたが、個人向けSDKはまだ公開されていませんでした。 個人向けSDKが公開され、それが評判になり、その他のテレビメーカも追随した仕組みを発表すれば、5年ぐらいでテレビという機器の概念がガラリと変わってしまいそうです。 少なくとも、私はテレビという固定概念を壊してしまうぐらいの威力がありそうだと感じました。 (ちょっと大げさかも知れませんが。。。)
アプリキャストにできること
アプリキャストとは、SONY社製テレビであるBRAVIAでJavaScriptウィジェットを動作させられるシステムの事です。 2007年製品(全モデルではないので注意)からアプリキャスト機能が含まれています。
アプリキャストを起動するには、テレビ視聴者がXMB(クロスメディアバー)からアプリキャストを選んで実行する必要があります。 現状では、ほとんど利用されていない機能だと思います。 少なくとも、私のまわりのBRAVIAユーザでこの機能を定常的に使っている人はいません。 ただ、それは使う必要がなかったからであり、その人に強烈にマッチした何かがあるのであれば使えそうな位置にあります。
なお、最新のBRAVIAにはリモコンに「アプリキャストボタン」があるそうです。 リモコンにボタンを追加してしまうのは、かなり本気な証拠ではないかと思います。
何故それが革命的なのか
技術的に凄いわけではない
アプリキャストが実現している事は、技術的に凄いわけではありません。 JavaScriptとXMLを解釈するプログラムさえあればある程度動作させるところまでは持っていけます。 (もちろん、検証等が非常に大変な分野で、実際に作るとなると非常に労力がかかります。)
それでも私はアプリキャストは革命的だと思っています。
放送コンテンツとは関係ないのが良い
アプリキャストが真に革命的だと思えるのは、テレビの主要コンテンツである放送コンテンツと何ら関係が無いというところです。
例えば、放映されている地上波放送に含まれる内容を使って何かをしたいという案は五万とあります。 それらは、技術的にはできます。 しかし、多くの場合、放送局に却下されて実現しません。 放送される映像の上に何かをオーバーレイするようなプログラムを書いてしまうと、放送局から非常に強い抗議を受けるという話を耳にしたこともあります。
アプリキャストは、そのような話とは無縁です。 アプリキャストのウィジェットは単にウィジェットエリアに表示されているだけです。 テレビ機器から得られる放送コンテンツ情報を利用しているわけではありません。 ウィジェットはインターネットから得られる情報のみを使って動作しています。
放送コンテンツが画面全体を占有しない形で横に表示されているかもしれませんが、それは単に横に配置されているだけです。 「苦労して作った映像」に手を加えているわけではなく表示しています。
そのため、色々やったとしてもテレビを作っているメーカとして放送局に文句を言われるということが少なさそうです。
SONYが判断をしていないウィジェットへの道
アプリキャストで生成されたウィジェットを動作させるには、ソニーの審査を受けなければなりません。 これでは、革命的なものは生まれにくいです。
ただし、ソニーの審査を経ないでウィジェットが配布される道もひっそりと残してあります。 それは推奨されていない方法ですが、「たまたま出来てしまう」方法です。
実は、アプリキャストウィジェットはUSBメモリ経由で起動できるようです。 今回のデモでは、USBメモリに入ったいくつかのウィジェットをBRAVIAで動作させていました。 ウィジェットを見せる前にUSBをテレビに差していたので、「USBメモリを抜いたらどうなりますか?」と聞いたところ「ここにウィジェットが入っています」との回答を頂きました。
ただし、USBにウィジェットを入れた状態での起動は推奨されていないそうです。 USBに入ったウィジェットを起動するときには、必ずセキュリティ警告が発生して「本当に使うか?」という感じの質問ダイアログが出るそうです。
推奨されていないんです。 ただ、勝手ウィジェットを作ってWebで配布して、各自が勝手にUSBメモリに入れてBRAVIAで起動することは出来てしまいます。
そして、そこにはソニーとしての判断は入りません。 例えば、放送局が嫌がりそうなウィジェットが配布されたとしても、それはソニーが「審査を通す」という判断を下したものではありません。
そのため、自由闊達なウィジェットが作成可能です。 例えば、真っ先に思いつくのが2ch実況スレをテレビの横に表示し続けるウィジェットです。
凄い普及率
2011年にはアナログ地上波が終了する予定です。 それに伴ってテレビを買い換える人も結構いそうです。 その時、さらにアプリキャスト対応端末が普及しそうです。
もちろん、テレビを買い換えずにチューナーだけ購入したり、テレビをホームネットワークに接続できない人が大半だという話はあります。 しかし、「やりたくなったときに動作させられるプラットフォームの普及」という意味では、今後アプリキャストが動作する環境はドンドン増加していきそうです。
PCを使わない人も
PCを使えない人、使いたくない人、は非常に多いです。 そのような方々でも、「やりたいこと」が明確であれば、多少複雑であってもテレビで決まった方法の操作は行います。
技術的にはPCでできることそのままであったとしても、テレビという存在であり、かつオプションデバイスとして購入するわけではないものにアプリキャストが含まれているというのは非常に重要な要素ではないかと思います。
さらに、「PCは使えるけどテレビの方が良く見るから、テレビを見ながら観察できるのであれば嬉しい」という人も結構いそうです。 何をどう「観察 or 観測」したいのかは人によるのでしょうが、かなりニッチなものほど強いニーズがありそうです。
万人受けしないものを作るべし
プレゼンの中で「100人に1人×100個」という標語が出ていました。
万人受けするものではなく、ニッチなものこそ必要であるという考え方でした。 例として、社内コンテスト等で開発されたものが紹介されていました。
まず、「ヴァナ・ディール時計」というものが紹介されていました。 私は知らなかったのですが、ヴァナ・ディールとはMMORPG ファイナルファンタジーXIの世界だそうです。 このヴァナ・ディール時計、FF XIの世界での時間を表示するだけではなく、飛空挺の発着時間、木工屋など各種ショップの開店/閉店時間案内などが表示されるウィジェットでした。 開発者曰く、「ゲームをやるうえでは重要な要素」であり、テレビの脇に表示してあることが重要とのことでした。 発表者の岡本さんも「理解できない」と言いつつ、「こういうのがイイ」と言っていました。
さらに、囲碁での過去の棋譜が表示され続けるウィジェットも紹介されていました。 囲碁の棋譜は自動再生、手動再生、自動再生時間調整などができるようでした。 これは、応用すればプロの大会の実況中継などもできそうですね。
このような感じで、「大衆受けする何か」よりも「100人に一人」系のウィジェットが開発されることこそ重要であり、それには個人への一般解放だ!という流れだそうです。
こんなもの作れそう
ウィジェットを広く一般に対して配布しないことを前提にテレビを使うと考えると、色々なものが作れそうです。 ざっと思いつくのは、例えば以下のようなものです。
祖父母用フォトフレーム
特定のWebサイトから最新画像を取得し続けるウィジェットを作れば、田舎の祖父母に対して子供の写真を全自動で送れるシステムが出来上がります。
ユーザである祖父母側は、一度アプリキャストウィジェットを登録すれば、後はそれをリモコンで選ぶだけです。 設定や画像の更新は子供(孫を抱える親)側が行います。
最初のアプリキャストウィジェット設定だけ子供が行えば、以降祖父母側は複雑な操作をしなくて済みます。 遠隔デジタルフォトフレームの出来上がりです。
個人ブログリーダー
特定個人のブログRSSだけを読み込んで表示するRSSリーダを作ってアプリキャストに登録すれば、PCを使わない祖父母が子供や孫が書いているブログを常に読み続ける事ができます。
熱帯魚ショップ在庫リスト
例えば、特定の熱帯魚ショップの在庫リストを表示し続けるウィジェットが作成できます。 レアな魚種を求めるマニアは、常に数箇所のショップWebサイトを徘徊して、新規入荷があるか無いかを確認してまわります。
レア魚をゲットできるかどうかは、きめ細かなWeb巡回がポイントの一つである場合もあります。 (もちろん、ショップと仲良しになるという手もありますが、それには継続的に結構な数の買い物をする必要があるかもしれません。)
テレビを見ながら、ダラダラと新着確認が出来れば、喜ぶ人はいそうです。
視聴率調査
今のアプリキャストAPIには、このような機能は無いと思われますが、「現在のチャンネル」や「現在放送されている番組」がわかるようなAPIがあれば、アプリキャストウィジェットを使った視聴率調査ができてしまいます。 これができるようになれば、視聴率調査の敷居は一気に下がります。
調査結果を集計するWebサーバとアプリキャストウィジェットだけがあれば良く、多数のモニター用機器を家庭に配る必要がなくなります。 まあ、モニターがネットワークに接続されたBRAVIAユーザという風に限定されるので、サンプルに偏りが出るかも知れませんが、少なくとも新規参入の取っ掛かりにはなりそうです。
テレビの中で動作しているものなので、技術的にはテレビが保有する全ての情報をアプリキャストAPIで取得できるように作れるはずです。 それをしないのは、政治的なものか、単に時期を見ているかなのではないでしょうか。
俺の言う通りに番組を見ろ!
例えば、有名人や評論家が「次はこの番組を見るべし!」と指定するウィジェットが作れるかも知れません。 地域によって放送されている番組や時間帯が違うので、かなり細かい設定が要求されそうですが、それらを網羅できる情報があれば、「私のお勧め」という情報をウィジェットとしてテレビ上に表示し続ける事が可能です。
さらに、例えばウィジェットがチャンネルを変更できるようなAPIがあれば、自動的にチャンネルまで変更できてしまいます。 恐らく、そのようなAPIは無いと思いますが。。。
今後のアプリキャストに望むもの
以下、今後このような事ができればいいかなぁ、と思ったことです。
名称の統一
ウィジェットと言ったり、ガジェット言ったり、アプリと言ったり、プレゼン中に様々な表現が飛び出していました。 個人的には使い分けている場面と意図は理解できたのですが、恐らく一般に普及させるという目的を考えると語彙のばらつきは好ましくないと考えています。
ということで、アプリキャストのアプリに独自名称をつけてみてはどうでしょうか? Javaでいえばアプレットみたいな感じですかね。
アプリキャストなので、例えば「キャステット」とかどうですかね?
ウィジェット開発者が署名できるシステム
現状では、ウィジェット開発者が自分が開発したものであると証明できるシステムがありません。 今は、基本的にソニーが運営するサイトからの配布のみなので、受付側で精査すれば済むのでそれでも大丈夫ですが、ソニーを介さずにウィジェットのやり取りをしたくなった時には署名が欲しくなります。
やるのであれば、開発者毎にキーを発行したりするのかも知れません。 ただし、開発者キーがなくても開発ができる現状の体制は維持してもらいたいです。
希望者だけ署名用のキーを発行できて、さらにそれを証明するようなCAを同時に運営してくれるとうれしいです。
さらに、その開発者がどれだけ「信頼されているか」をWeb2.0的手法で何となく表現できるような仕組みまであるとなお良いのかも知れません。 まあ、ここら辺はブログなどでクチコミ的に語られていくのが良いと思うのですが、その開発者の「名前(ハンドル名)」の一意性を提供するなどの手法がどこかでは必要になりそうです。
個人間でのウィジェットのやり取り
ソニーを介さないウィジェットのやり取りが出来なければ、アプリキャストは楽しくとも何ともありません。 現状では、「たまたま出来てしまう」USBに入れてBRAVIAに差す方法しかありませんが、その方法では「安全ではない」というメッセージが毎回出てきて確認を求められます。
明示的に正しいとわかっている相手からの個人的なやり取りの方法は是非とも開発してもらいたいと考えています。 このときの「個人的な」というのは、一般大衆の目に触れることが無いということです。
例えば、特定の家族の写真をテレビに映し出すだけのウィジェットをおじいちゃんおばあちゃんの家のBRAVIAにインストールしたいときには、そのウィジェットの存在を他人には知られたくありません。 また、プライベートモードにしてある、自分の家族ブログを表示する専用ウィジェットを親戚のみに配布するような事もしたくなりそうです。
個人投稿サイトである「体験空間」が近日オープンするようです。 とりあえず、現状ではここに期待ですかね。
継続
アプリキャストのような取り組みを是非継続して欲しいものです。 こういうのって、社内で理解されずらいと思うのですよね。
「直接的な儲けになっていない」「使ってない人おおいじゃん!」と社内で騒いでアプリキャストを中止に持っていこうとする勢力がいそうな感じがします。 「お年よりはこんなの使わない」「俺は使ってない」など、特にネットなどを使わない世代からの批判がありそうです。
まあ、アプリキャスト開発をされている方々が本当は社内でどういう立場なのかは知りませんが、、、、 ただ、「数人で開発している」という発言が繰り返されていることを拝見すると、社内での逆風は強いのではないかと邪推してしまいます。
最後に
今回のSony Dealer Convention 2008のアプリキャストセッション参加者は私を含めて10人弱と非常に閑散としていました。
今回は全く注目されていなかったアプリキャストですが、私には「テレビ」というデバイスとその概念に対して革命を起こす取り組みなのではないかと感じています。
私がアプリキャストを知ったのは会社を辞めた後ですが、こんな楽しい事をしていたんですね。。。 でも、2〜3名ぐらいで作ってきたものが製品に含まれて、個人に配布されるほどの革命的な取り組みができるまでもっていけるという岡本さん凄すぎ。。。 あと、岡本さんが暴れまわれる状況を作って岡本さんを守り続けているであろう上司や部門長の方々凄すぎ。
こういうことができるのって、やっぱりソニーだなぁと感じる今日この頃でした。 (本当に部署と上司次第なんでしょうが。。。)
追記 : 2008/9/17
追記2 : 2008/9/19
アプリキャストSDKを使ったプログラミング解説コーナーを作ってみました。「アプリキャストプログラミング」
最近のエントリ
- 日本のIPv6採用状況が50%を超えている件について
- 「ピアリング戦記」の英訳版EPUBを無料配布します!
- IPv4アドレス移転の売買価格推移および移転組織ランキング100
- 例示用IPv6アドレス 3fff::/20 が新たに追加
- ShowNet 2024のL2L3
- ShowNet 2024 ローカル5G
過去記事