光スイッチング技術
この記事は、Software Design 2011年4月号に掲載された「第12回 近未来インターネット技術妄想論」に掲載された内容です。 編集部の許可を得た上で一部変更して全文掲載しています。
前回は光ファイバの広帯域化に関する最新の研究動向を紹介しました。 光ファイバによる「リンク」としてのネットワークの性能は、まだまだ飛躍的に上昇する可能性があります。
今回は、前回紹介したリンクとしての光ファイバ技術に続き、機器側の発展に関して書きたいと思います。 リンクとしての光ファイバ通信技術も重要な要素ですが、その光ファイバを扱う機器の能力や機能も非常に重要です。 中でも、光ファイバのスイッチング技術が最近熱いと個人的に感じています。
ということで、今回は光スイッチング技術です。 光スイッチング技術にも様々なものがあり、既に実用化されている技術がある一方で、光パケットスイッチのようにまだまだ先の技術もあります。
リンクとしての光ファイバ技術と消費電力の問題
光スイッチング技術そのものの説明に入る前に、前回のテーマであるリンクとしての光ファイバの広帯域化の課題を紹介します。 この課題は、「何故光スイッチング技術が必要なのか」に関連しています。
研究レベルでは、1本の光ファイバを利用した通信における帯域は、ここ数年飛躍的に上昇しています。 しかし、実際にインターネットで利用される通信機器として実用化されるには、いくかの課題があります。 なかでも消費電力は大きな課題です。 光ファイバで運ばれるデータが増えれば、それだけ消費される電力も上昇する可能性があるためです。
では、実際に考えるために、いくつかの数値を組み合わせて思考実験を行いたいと思います。 たとえば、Cisco CRS-3は、それまでの消費電力を約60%削減して2.73W/Gbpsとあります。 (*) http://www.cisco.com/web/TH/assets/docs/seminar/nextgen_201009_crs3overview.pdf
2.73W/Gbpsという効率で、前回紹介した現時点での世界記録である69.1Tbpsの通信を行ったときの消費電力を計算すると、2.73 x 69.1 x 1024で約193170.4W(約193kW)となります。
この193kWという単位の規模感が良くわからないので、他のものと比べてみます。 2009年に関西電力から出ているプレスリリース(*)を見ると、風力発電設備1基が2000kWとあるので、69.1Tbps転送する場合の消費電力試算結果の193kWをざっくりと約200kWとた場合に風力発電設備1基の10分の1程度と考えることができます。
(*) http://www.kepco.co.jp/pressre/2009/0130-4j.html
さらに、この69.1Tbpsが何であったかを考えると、光ファイバの1本でのビットレートです。 長距離伝送用の光ファイバケーブルは数十数百の光ファイバが束ねたものが利用されますし、ルータやスイッチも複数のポートが存在するのが一般的です。 そう考えるつつ、先ほどの風力発電設備が生成する電力を見ると、光ファイバのリンク10本で風力発電設備1基が必要という極端な計算も可能になります。
このように、今のままの方式で転送速度だけが上昇しても、それを実現可能なだけの電力を供給できない可能性が高く、ビットあたりの消費電力を劇的に削減するようなブレイクスルーが必要と言われています。
ただし、技術の発展とともにビットあたりの消費電力も下がり続けているので、この単純な計算は参考程度の話です。
さらに細かい話をすると合計69.1Tbpsは光ファイバ1本ですが、実際にルータで扱われるのは各波長となるので、ポート数の見積もりは光ファイバ単位ではなく波長単位ですべきです。 そもそも経済産業省の試算を見ると2025年の日本全体でのインターネットトラフィックが121Tbpsと推測されていることもあり、「光ファイバ1本で69.1Tbps」というのは実際には極端な値というのもあります。
まあ、とりあえず「リンクとしての帯域の発展」と「機器としての帯域の課題」というコンテキストで何となくイメージを持って頂ければと思います。
OEOとOOO
消費電力を劇的に下げつつ、遅延を低下させる手法として光を電気に変換せずに扱うという方法があります。 光ファイバを利用した通信を行うとき、通常は光ファイバの両端でOEO(Optical-to-Electrical-to-Optical)変換が行われます。 光ファイバを通過するのは光による信号ですが、光信号を扱うには一度それを電気信号へと変換する必要があります(各種光信号を電気信号として解釈する手法に関しては第11回をご覧下さい)。 さらに、電気信号として扱ったデータをさらに次へと転送するために光ファイバを通過させるとき、電気信号を再び光信号へと変換しなければなりません。
このようなOEO変換は、ネットワーク上にデータが送信される度に行われます。 OEO変換を行わず、光信号を光信号のままでスイッチングすることで、OEO変換による電力の消費を削減できます。
光スイッチング技術の研究は色々行われている
ここ数年、光スイッチング技術の研究が様々なところで行われています。 特に多いのが、国の予算を扱うものですが、テーマとしては二酸化炭素削減を掲げているものが多いようです。
今後インターネットビデオの利用量が爆発的に増え続け、インターネット上を流れるトラフィックがさらに増え続けるには広帯域化を実現すると同時に、現実的な消費電力で莫大なトラフィックを処理できるような技術も必要であると予想されているためです。
たとえば、総務省による「オール光通信技術」の発表資料では、経済産業省の「グリーンITの推進」という2008年の資料を基に、2025年にはネットワーク機器だけで消費電力が1033億kWhに達すると試算しています。 2006年が80億kWhなので、953億kWh増加するというものです。
このように増加し続けると予想されているネットワーク機器による消費電力を削減するための研究として光スイッチング技術の研究も行われています。
(*) 参考:http://www.meti.go.jp/policy/policy_management/RIA/20fy-ria/081204_syoenerei_TR.pdf
光スイッチング技術の粒度
OOO方式を実現するものとして、光スイッチングという技術がありますが、光スイッチング技術は様々な粒度で実現されています。
次の図は、スイッチ粒度を表していますが、下に行くほど粒度が粗く、逆に上に行くほど粒度が細かくなります。 同時に、下に行くほど実用化がされており、上に行くほどまだ研究段階となっています。
では、次はそれぞれに関して紹介して行きます。
ファイバスイッチ
まず一番粒度が粗く、実用化もされているファイバスイッチを紹介します。 ファイバスイッチは、その名の通り、光ファイバで運ばれる様々な波長全てを別の光ファイバへとスイッチする物理的なスイッチです。
波長スイッチ
WDMによって複数の波長が1本の光ファイバで運ばれているときに、その中から特定の波長だけを選んで別の光ファイバへとスイッチするのが波長スイッチです。 隣接する複数の波長を同時にスイッチする、波長バンドスイッチもあります。
実用化されている波長スイッチ技術としてOADM(Optical Add-Drop Multiplexer)があります。 OADMは、特定の波長を分岐させたうえで、さらに同じ波長に対して分岐先からのデータを送信するというものです。 OADMは、光海底ケーブルで分岐を実現するときなどで実用化されています。
OADMを発展させたものとしてROADM(Recomfigureable OADM)があります。 OADMは、分岐を行う波長が固定ですが、ROADMは分岐させる波長が再設定可能です。
以下の図では、二つの波長に対するadd/dropをクロスバースイッチによって制御できる仕組みを示しています。 クロスバースイッチは、バー状態ではDEMUXからの光信号はまっすぐ進むとともに分岐側からの光信号も入りません。 一方、クロス状態では分岐側からの光信号がMUX側へ進み、DEMUX側からの光信号は分岐側へとdropされます。 このクロスバースイッチを制御することによって、再設定可能なOADMが実現されています。
ファイバスイッチと波長スイッチは光回線交換(OCS: Optical Circuit Switching)技術に分類されます。 光回線交換は、送信者と受信者の間にサーキットとを作り出す方式であるため、通信を行うために回線そのものを丸ごと予約するような概念になります。 そのため、安定した品質での通信が可能である一方、帯域幅の利用効率が低くなります。 さらに、通信毎にサーキットを予約するような形になるので柔軟性に欠けます。
光パケットスイッチ
光パケットスイッチ(OPS: Optical Packet Switching)は、パケット単位で光スイッチングを行う技術です。 パケット単位でのスイッチングを行うため、帯域利用効率が高くなります。 しかし、OPSはスイッチングを行う時間の粒度が非常に細かく、まだ実現に多くの課題を残しており、まだまだ実験段階と言えます。
光パケットスイッチの基本的な構成では、OPSノードはパケットのヘッダ部分をOE変換して出力先のポートを計算したうえで、パケットのペイロード部分がOEO変換されずにOOO方式で転送されます。
この方式には、出力先の競合という課題があります。 複数のポートに対して、同時に同一の出力ポートを要求するパケットが到着したときに競合が発生します。 この競合を解決する手段の一つとしてOE変換を行ってバッファへ記憶することが挙げられます。 バッファへの記憶以外に、光波長変換という方法もあります(波長変換がバッファと組み合わせて利用されることもあります)。 これは、競合が発生したパケットを別波長へと変換して出力するというものです。
光バーストスイッチ
光回線交換方式は既に実用化されていますが、光パケットスイッチはいまだ実験段階の技術です。 その間を埋めるような技術として光バーストスイッチ(OBS, Optical Burst Switching)が考案されています。
OBSの特徴としては、制御用の波長チャンネルがデータ送信用とは別に専用で割り当てられることが挙げられます。 制御用チャンネルでデータ送信用の光パスを予約するような形です。
OBSでは、データは「バースト」と呼ばれる塊で送信されます。 光スイッチングはバーストが流れ終わった後に、次のバーストのための予約を受け付けるようになります。 これによって光スイッチングの粒度はOPSよりも粗くなり、実現しやすくなります。 さらに、バースト単位で複数の通信を多重化できるため、光回線交換方式よりも帯域利用効率は高くなります。
(*) C.Qiao, M.Yoo, "Optical Burst Switching (OBS) - a New Paradigm for an Optical Internet", Journal of High Speed Networks, vol. 8, pp. 69 - 84, 1999
Y.Chen, C.Qiao, X.Yu, "Optical burst switching: a new area in optical networking research" IEEE Network, Volume 18, Issue 3, pp.16 - 23, 2004
GE-PON
OBSそのものではありませんが、光信号をバーストとして扱う実用技術としてEPON(Ethernet Passive Optical Network)、GE-PON(Gigabit Ethernet-Passive Optical Network, 802.3ah)、10GE-PON(10Gigabit Ethernet-Passive Optical Network, 802.3av)があります。
EPON/GE-PON/10GE-PONの構成技術であるPONは、一般家庭への通信を提供するために日本国内で既に利用されています。 PONは、複数の家庭へのトラフィックを1本の光ファイバにまとめたうえで、途中で複数の光ファイバへと分岐することで敷設や運用コストを軽減しています。
ユーザへのデータ送信
ユーザからのデータ送信
PONは、局舎側に設置されるOLT(Optical Line Terminal)と、ユーザ側に設置されるONU(Optical Network Unit)と、光ファイバを分岐する光カプラ(もしくは光スプリッタ)で構成されます。 ユーザ側へのデータはOLTからまとめて送信されたうえで光カプラで各ONUに送信されます。 ONUは、OLTからの全てのデータを受け取りますが、自分が受け取るべき部分以外は破棄します。 ONUからOLTへのデータは、光カプラでまとめられたうえでOLTへと渡されます。
このように、複数のONUへのデータをまとめることで、光カプラ部分にOEOが発生しない構成が実現できています。
(*) 参考:NTTジャーナル2005年8月 http://www.ntt.co.jp/journal/0508/files/jn200508071.html
これからさらに光スイッチング技術がインターネットで使われそう
今回「実用」として紹介した分野に関しても、様々な研究が日々行われ続けています。 たとえば、ファイバスイッチに関しては、光MEMSの活用方法や、光MEMSそのものに関する研究などが挙げられます。 その他の粒度の光スイッチング技術に関しても、同様に様々な研究が続けられています。
たとえば、光パケットスイッチは近い将来よりももう少し先の技術ではありますが、それを構成する光スイッチング技術を要素として利用した通信技術が、近未来インターネットを構成する重要技術になりそうだと思う今日この頃です。
notice
前回に引き続き、この原稿は楽天技術研究所チーフサイエンティスト 兼 東京大学 特任准教授の今泉英明氏の発表資料を基に色々と教えて頂きながら書きました。 ありがとうございます。
今回が最終回です
12回続いた本連載もこれで最終回です。 毎月全く違う内容で「インターネットの未来」を妄想するようなネタがそんなに多く続くわけがないと思っていたので、企画当初は6回で終わる予定でした。 しかし、最初の数回を書きつつ様々な調査を行うにつれて、あと6回分は何とかなりそうだと思い、延長して12回の連載となりました。 しかし、流石にあと6回の「次」を続けるネタが今のところ難しい状況になってきてしまいました。。。
これまでの11回は次のような内容でした。 一部ブログで書いた内容を含む物もありますが、この連載に掲載するために各種追加調査なども行っており、実は、それぞれ執筆に結構な時間がかかりました(いつも〆切後になってしまって編集の方にご迷惑をおかけし続けて申し訳ありません。。。)。
- 第1回 結局、IPv6ってどうなのよ?!
- 第2回 動画配信がインターネットの形を変えていく
- 第3回 パケットを深く観察するとお金が見えてくる?
- 第4回 Interop ShowNetに見るインターネットインフラ機器の近未来
- 第5回 有線ISPと従量課金に関する妄想(前編)
- 第6回 有線ISPと従量課金に関する妄想(後編)
- 第7回 インターネットの将来を担うプロトコル〜LISP〜
- 第8回 クラウドで変わるデータセンター
- 第9回 TwitterもFacebookも傍受対象?インターネットと傍受
- 第10回 インターネットの国境が鮮明に
- 第11回 まだまだ伸びる光通信技術
(*) 興味のある方は是非Software Designバックナンバーをご覧下さい。
今後も、これらのテーマに関して色々とウォッチしつつ、次に書けるかもしれない「何か」を探して行きたいと思います。 その「何か」を発見したときに、また本誌で記事を書かせて頂ければ幸いです。
今まで1年間ありがとうございました!
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