電子書籍で剣道雑誌が世界配信に挑戦
月刊の剣道雑誌である「剣道時代」のコンテンツを英語化したうえで電子出版を行いました。 剣道界には「剣道日本」と「剣道時代」という二誌があり、これらが主要な情報源となっています。 剣道時代は、1974年1月に創刊号が発行され、今日まで剣道に関する情報を発信し続ける媒体です。
世界中に剣道愛好家がいる一方で、日本語以外での剣道に関する英語は多くはないのが現状です。 今回のような電子書籍化によって、日本における様々な「剣道」に対する考え方が世界へと発信されていく土台を構築できればと考えています。
過去の連載記事を雑誌から取り出して英語化
今回の電子書籍化は、2006年の7月、8月、9月に掲載された「徹底解説 羽賀準一の剣道秘訣」という連載3回分を「Junichi Haga's Secrets of Kendo, Volume 1」としてAmazon Kindle StoreとSmashwordsで電子書籍化しました。
剣道は、ITの世界と違い、時間の経過とともに急激にコンテンツの価値が落ちることが少ないと言えます。 当時の大会情報などの時事ネタでなければ、2006年の記事であっても、未だに価値を持ち続けられます。 さらに、剣道は日本文化の影響を強く受けているため、「日本からの情報」である点に価値もあります。
2006年7月の第一回記事表紙
元記事の内容は以下のようなものです。
- 第1回 羽賀準一の構えと竹刀の活用(2006年7月)
- 大きく振りかぶって打て。左右のさばきにも重きを置く
- 国民体育館朝稽古。いつしか羽賀道場とよばれる
- 竹刀の握り方 重いものを前後左右に自在に振る
- 振りかぶりも水平、打突も水平、手元を落とす
- 構えのとらえ方 必然な変化をつくるのが構えである
- 第2回 羽賀準一の歩み足と開き足(2006年8月)
- 歩み足 円滑な足の運用で驚懼疑惑を誘う
- 開き足 いつでも崩れない体勢で技を出す
- 対人動作 剣道は相手の心と技を自分の心と技で攻めよ
- 第3回 突きからはじまる攻めの要諦(2006年9月)
- 突き攻めで崩す 中心を常にけん制し、相手を制圧する
- 斬る竹刀操作 剣道は斬り合いから生まれた
- 一本になるまで打つ 激しく短い稽古をくり返す
英語に翻訳して電子書籍化
今回の電子出版は、英語で行うという点も大きなポイントでした。 剣道に関するある程度深い(もしくはマニアックな)情報は、英語圏では手に入りにくいのが現状です。 そのため、剣道時代のように何十年も剣道について語り続けている雑誌のコンテンツは、英語圏でそれなりのニーズがあるものと推測しています。
現時点では電子書籍がマーケットとして成り立っているのは海外だけであるという事情もあります。 日本では、最初から知名度がある著名な作者が宣伝の一部として電子書籍化に取り組んだ場合以外は十分な利益にならない可能性が高いとの判断から、海外へ向けて英語での電子出版を行うことにしました。
実験的な取り組みとして
今回の取り組みは実験的なものです。 元々は「電子書籍に関して教えて欲しい」という相談を剣道時代の編集長から受けたところから始まっています。
ただ、さほど多く売れるとは思えないこともあり、とりあえず全ての経費を私が負担したうえで、利益を折半するというレベニューシェアモデルでやってみることになりました。 個人的に正規媒体で扱われているコンテンツを使った電子書籍を作ってみたかった事もあり、このように私がリスクを受ける形で提案しました。 (良く知っている相手に対して自分から提案したので、こういったレベニューシェアモデルでやっていますが、知らない相手から提案された案件であれば恐らく協力しない方法です。)
日本における電子書籍の課題
日本語での電子出版には以下のような問題点があることも、英語化して電子出版するという判断に至った理由です。 剣道のように読者が限定されていて販売部数が大きく伸びないだろうと思われるコンテンツを前提として考えています。
- 日本語による電子書籍の市場がまだ無い
- 剣道時代のコア読者の年齢層が比較的高いため、電子書籍という存在そのものを知らない人が多数であると推測される
- 日本語版の電子書籍が売れたとしても利益が小さい
- 既存の月刊誌ようにコンテンツ内に広告が入ればコンテンツの価格を下げられるが、それができなければコンテンツが高価になってしまう
- 電子書籍内に広告を入れにくく、さらに、マーケットが無い状態で広告出稿を得ることが難しい
- 過去のコンテンツを日本語で電子書籍化すると、最新号の電子書籍化に対する要求が大きくがなるが、そのような作業をタイムリーに行う人的リソースは今のところない
- 剣道時代は日本国内に向けた雑誌であり、日本語で出して紙媒体の売り上げが下がると雑誌販売の利益が減るだけではなく広告出稿も減ってしまう可能性があり、出版社の経営が傾く可能性がある
- 電子書籍によって得られる利益の見込みが非常に少ない反面、コンテンツが勝手に再利用される可能性が高い。i.e. 現時点ではリスクが大きくメリットが小さい
- 電子書籍は実際の書籍よりも定価が低くないと納得してもらえない
しかし、月刊誌を英語化したうえでそのまま全てを電子書籍化するには色々なハードルがありました。
- 全ての著者の許可を取るのが困難(著者が故人となっている場合もある)
- 雑誌中の肖像権を全て解決するのが困難
- 雑誌全てを翻訳すると高額な経費が発生する。売り上げが多くて数百冊だと思うと一冊1万円を軽く越えてしまう可能性すらある。
このような事情から、許可を得られた著者による過去の連載を切り出して一つのコンテンツとして電子書籍化することになりました。
最後に
日本の各種ニッチな分野における情報発信は、各業界内の専門誌に支えられている側面があります。 数人ぐらいの規模の小さな出版社が発行していることも多く、電子書籍などに関して興味があっても取り組めるだけの余力がなかったり、各種リスクを取る余裕もなかったりします。
バブル前後に登場した専門誌は、広告を入れることで本体価格を下げることに成功しました。 しかし、現時点では同様のモデルでニッチなジャンルのメディアを立ち上げることは困難です。 そのため、既存の専門誌が廃刊してしまうと、その分野の情報が一気に減ってしまう恐れがあります。
震災の影響もあり、もともと辛かった出版社がさらに辛くなる状態も今後増えそうです。 そういったなかで、過去のコンテンツを利用しつつ経費を可能な限りかけずに海外へコンテンツ発信することによって、何とか新しい道を探るような取り組みが成功すれば良いなぁと思う今日この頃です。
こういった方式がうまく行くかどうかはわかりませんが、何か新しい発見があれば、またブログ上で紹介する予定です。
おまけ:以前、個人としてKindleで電子出版してみた話
今回の電子書籍化に先駆けて、自分で一度やってみるためにブログ記事を英語化してKindleで電子出版してみました。 以下がそのときの記事です。
私のブログ記事をそのまま英語化したコンテンツの売り上げは、2011年3月が2冊、2月が1冊、1月(ブログで紹介した月)が15冊でした。 単なるブログ英訳にお金を払う人が居たことを「凄い」とすべきか、「あー、短い文章をちょっと書いただけじゃ、やっぱり売れないよね」と解釈するのかは、人それぞれだろうと思います。
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