IPv6はIPv4アドレス枯渇を直接解決するものではない(2)

2010/9/13-3

しかし、仮にそれらが行われたとしても、IPv4アドレス枯渇を完全に解決できる規模になるとは、今のところ思えません(参考:「IPv4アドレス売買」とIPv6への移行)。

恐らく、それらは今後の新規需要を満たし続けるわけではなく、どうしても事業拡大をしなければならない事業者が苦肉の策として行うような活動になりそうです。 言い換えると、水面下で激しい争奪戦が行われそうです。

さらに、IPv4アドレスを買い取るのではなく、企業買収という形でIPv4アドレスを取得するという方法も囁かれ続けています。 たとえば、中小ISPを買収すると同時に、そこが保持しているIPv4アドレスも自動的に取得可能です。 企業を買収するという意味では、実はRIRを越えたIPv4アドレス取得も可能と推測されます。

利用IPv4アドレスの圧縮:でも圧縮するにはベースが必要

IPv4アドレス枯渇という文脈で良く登場するのがNATによるIPv4アドレス利用数の圧縮です。 IPv4アドレス利用数を圧縮しつつ、必要な部分で回収したIPv4アドレスを利用できます。 (ISPによるNAT/NAPTの解説は過去に書いたので割愛します。 それらに関しては、過去のIPv4アドレス枯渇/IPv6関連記事をご覧下さい)。

NAT以外の方法としては、バックボーンなどで利用されているグローバルIPv4アドレスをプライベートアドレスにするなどの節約方法もあります。

しかし、このように「節約」をするには、枯渇時点でIPv4アドレスを既に保持している必要があります。 そのため、IPv4アドレスが枯渇した後で、今後のIPv4ネットワーク運営で余裕がある事業者と余裕がない事業者に大きく別れそうです。

現時点で多くのユーザを抱えている事業者は、IPv4アドレスも多く保持しています。 たとえば、ユーザに対して配布しているIPv4アドレス利用数をNATを使って圧縮することで、サーバ設置やIaaS運営にまわすという方法も考えられます。 枯渇時点でより多くのIPv4アドレスを保持していれば、それらを節約して、節約した分を他にまわすことで事業拡大を行える余地が残ります(とはいえ、使い続けているものを剥がして他に持って行くという行為が簡単に行えるとは思えないので、ベースが多いという一点だけが大きな要素であるとは言い切れないと思います)。

一方、そういうことを出来ない事業者は苦しくなると思われます。 ベースが小さければ小さいほど、圧縮や節約が難しくなってしまいます。 圧縮して他へまわすという技が使えないと、事業拡大用の新規IPv4アドレスを捻出するために何らかの方法を模索しなければなりません。

こういった格差が表面化するのは、恐らく2年後ぐらいだと推測しています。 来年中旬にIANAプールが枯渇して、その後APNICのプールが枯渇してからです。

ALGの活用:今後色々登場しそう

IPv4アドレスが貴重な資源になってしまうので、サーバにおいてもIPv4アドレスを共有して使うという必要性が上昇するものと思われます。

たとえば、リバースNATを運用しつつ、一つのIPv4グローバルアドレスでポート毎にフォワードするプライベートIPv4アドレス空間内(リバースNATではなくIPv4/IPv6トランスレータとしてグローバルIPv4→IPv6という方法も考えられます)のサーバを変更するという方法が可能です。 しかし、80番や25番のように、誰もが使いたいポート番号は、通信の中身を解析しつつフォワード先を考えるような実装が必要となります。 80番であれば、HTTPヘッダの「Host:」部分を見てフォワードしたり、25番であれば@以下のドメイン名を見て判断するようなALGが必要になります。

この他、SIPやFTPなどアプリケーション毎にプロトコルを理解しつつ、一つのIPv4グローバルアドレスを複数サーバで利用できるような機能がALGに要求されます。

IPv4アドレス枯渇後は、Virtual HostやVirtual Domainの利用が今よりも劇的に増える可能性が高いと推測しています。

「クラウド」とIPv4アドレス枯渇

ここ数年のトレンドである「クラウド」もIPv4アドレス枯渇の影響を受けます。 たとえば、IaaS的なサービスで新しいユーザがVMを一つ申し込む度にIPv4アドレスが必要になる環境も考えられます。

たとえば、数百円でユーザが気軽にVMを購入してWebサービスを作って手軽に公開しまくったりすると、その分IPv4アドレスが必要になるという可能性もあります。

Virtual Hostで運用される場合も増えるのでしょうが、IaaS的なサービスを行う事業者にとってはIPv4アドレス枯渇は頭の痛い問題であると思われます。

IPv4アドレス枯渇対策で出来ることは少ない

このように、IPv4アドレス枯渇対策として出来ることはあまり多くなさそうです。 どちらかというと現状のIPv4上で何とか拡大を続けるための延命策というか枯渇の衝撃を緩衝するための策という側面が強くなります。

しかし、インターネットがまだまだ拡大し続けている現状では、このような延命策としてのIPv4アドレス枯渇対策は、徐々に苦しくなってきます。 あくまで延命であり、上限が来てしまったIPv4アドレスの利用密度を上昇させる行為なので、密度が上がれば上がるほど、新しく使えるIPv4アドレスを捻出するのが困難になります。

インターネットが拡大し続けて需要が増えるのに、供給に上限が来てしまった状況がIPv4アドレス枯渇です。 このような状況なので、長期的な対策として世界中で運用が開始されているのがIPv6です。

しかし、繰り返しになりますが、IPv6は長期的な対策であって、再来年ぐらいに向けて切羽詰まっているのは、どちらかというと短期的なIPv4アドレス枯渇対策であるというのが私の感想です。

IPv4アドレス枯渇対策とIPv6への移行は似ているのですが、全く別の話であり、状況によっては両方とも取り組まなければならないことだと思います。 「IPv4アドレスが枯渇するから自分のためにIPv6環境用意すればOKだよね!」という感じではなく、「IPv4アドレス枯渇対策をしつつ、IPv6への移行も平行して考えないと」という状況なのだろうという感じです。

最近の話題は「IPv6ではどうするの?」へ

IPv6の運用や移行に積極的に取り組んでいる人々が最近話題として、「いかにIPv6への移行を促すのか?」ではなく、「IPv6を運用するうえで問題となりそうなところ」であったり、「実運用で考えた時のIPv6のイケテナイところ」であったり、「IPv4ではこうだったけどIPv6の場合ってどうなるのさ?」が登場するようになってきました。

もう既にIPv6とIPv4のデュアルスタック環境へと世界のインターネットが移行していくことに関してはあまり議論とはなっておらず、議論は「その次」へと向かいはじめている気がしています。

実際、IPv6が運用開始されれば、様々な問題が表面化していくものと思われます。 たとえば、セキュリティ上の問題も発生するかも知れません。 IPv6まわりのコードは、まだ大規模に運用されてるわけではないので、きっとヤバいバグが色々眠っているのだろうと予想している方々の話をチラホラ聞きます。

ネットワーク事業者の中の人もIPv6をやりたいわけじゃない

IPv6への移行に関して積極的に取り組んでいる方々はISP等に所属されていることが多いというイメージを持っています。 しかし、ISPやその他ネットワーク事業者の中にいる運用者の多くは、IPv4とIPv6のデュアルスタック環境を運用する大変さを憂鬱と思いつつも「でもやらないといけない」というのが本音だろうと推測しています。 色々話を聞いていると、「IPv6をやらなくても済むのであればやりたくない」と言う人に結構遭遇します。

(続く:次へ)

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