パッとしない研究キャリアを積み重ねる方法
"How to Have a Bad Career in Research/Academia", Professor David A. Patterson、という発表資料がありました。 Patterson教授による2002年の講演資料です。
前半が研究/アカデミアの世界で「悪いキャリア」を着実に積み重ねる方法を解説しています。 後半では、悪いキャリアを歩まないためのアドバイスが述べられています。
以下、要約してみました。 実際に講演を聴いたわけではないので、発表の意図を汲めていない可能性も高いのでご注意下さい。
悪いキャリアを積み重ねる方法
大学の研究を知っている人であれば「その分野の第一人者は誰?」というのと「どうやって実現するの?」という質問を聴いた事があるはず。 これは良くない質問の例だ。
1. 「その分野」の第一人者になること
「その分野」における第一人者は一人しか存在できない。 だから、「自分の分野」というものを勝手に作ってしまう。 そして、他とは関わらずに自分の分野を極限まで暖める。
「成功」とは何かを決して定義せずに、20年は我慢し続ける。 人生の全てを一つの事象に割り当てる。
テクノロジーなんてファッションと一緒だ。 ベルボトムが20年前に流行ったが、最近また流行り始めた。 テクノロジーの流行も、やがてあなたのところへ勝手にやってくる。
2. 複雑さは重要な要素だ
「複雑過ぎて理解出来ない」と言われるのが最高の賛辞である。 他人に勝手にまねされる事が無い。 さらに、他の誰も理解出来なければ、自分のアイデアであると主張し易い。
物事を複雑な方向に持って行くのは簡単だし、ちょっとした違いを挙げて文章を執筆するのも容易だ。
複雑じゃない物に対して他人があなたの成果を認めるだろうか? あなたの知識の深さに関心してくれるだろうか?
3. 間違いを指摘されない
実装をすべきではない。 また、実験を伴った検証を行うべきではない。 ベンチマークも駄目だ。 自分が正しいとわかっているのに、それを確認する必要があるだろうか?
学生が実証実験を始めたら、直ちに阻止せよ。 計測には時間がかかり過ぎるので、思考実験の時間がもったいない。
誰かがベンチマークを開始したら「システムが違うんだ。そのプログラムには意味が無い」や「未来のシステムだ。今の環境で実験して何の意味がある」と言えば良い。
計測に20年以上かかる物をやってはいけない。
4. コンピュータ科学メソッドを活用
コンピュータ科学は別の科学とは異なるため、新たなメソッドを発明した。 以下が古い科学的手法と、コンピュータサイエンス的手法を比較した物である。
旧来の科学的手法
- 仮説
- 一連の実験
- 一つだけパラメータを変更する
- 仮説を証明/反証する
- 他者が実験を確認出来るように資料を提供
コンピュータサイエンス的メソッド
- 直感、勘
- 実験一回、全てのパラメータを変更
- 勘が外れたら無かった事にする
- 時間の無駄だ。もう、わかったし。
5. 気を散らされるな(フィードバックは避けよ)
会話は常に優位に立つべきである。 何を言って良いか解らない状況であっても場を支配しろ。
既にあなたが知っている事であれば、定量的な評価なんてどうでもいい。 何かを言われたら却下すればいい。 あなたは自分の分野の専門家なので、他の人の言う事を気にしなくていい。 他の人が書いたものも読む必要がない。
6. 論文を書く事こそ技術移管である
ジャーナルとして出版する事が非常に大事である。 あなたの分野の第一人者として重要なのは、ジャーナルを書く事であり、そのアイデアや技術を一般のエンジニアに使い易くすることはあなたの仕事ではない。 会議に出席したり、企業訪問をするのは時間の無駄であり、研究の時間を大事にすべきである。
7. 悪いキャリアのための執筆戦略
論文は質ではなく量である。 人間の価値は論文リストの長さにこそ現れる。
学生の評価基準も論文数である。 学生は実装をすべきではなく、論文を書き続けるべきである(補足:アメリカでは大学研究室で実装を外注して論文執筆に専念する事がある)。
魔法:新しいタイトル/はじめに/結論、その他の部分は以前の論文からカット&ペーストで補完。
悪いキャリアのためのスピーチ七戒
- 汝、描くことなかれ:Confuciusは「絵は10K文字の価値がある」と言うが、ダイクストラ(Dijkstra)は「絵は弱い脳みそのためにある」と言う。誰を信じるの?
- 汝、簡潔さを切望することなかれ:完全な文章をいつでも書くべし。キーワードだけなんてもってのほか。発表資料には全文ぶち込め。
- 汝、大きなフォントを使う事なかれ:重要なオーディエンスは最前列に座っている。
- 汝、色分けすることなかれ:文字サイズ同様に色を変える事も卑怯である。美しくない。
- 汝、スライドをスキップすることなかれ:話が長くなったからと言ってスライドをスキップするのは悪である。予定していたものは全部使い切れ。スキップするなら概要か結論にしろ。
- 汝、裸のスライドを切望せよ:デザインが施されたスライドはチャラチャラし過ぎ。
- 汝、練習することなかれ:これは非常に重要だ。他のは無視しても良いが、これだけは実践して欲しい。何故、研究の時間を発表練習で浪費しなければならないんだ?あなたは先生なんだ、練習なんていらない。
悪いキャリアを歩まないためのアドバイス
悪いキャリアを歩まないためには、上記の「悪いキャリアを歩むためのアドバイス」と逆を行えば良い。
ゴールは論文ではなくインパクトである
例えば、「人がコンピュータサイエンスやエンジニアリングと関わる方法を変える」などである。 学術界には悪いベンチマークがある、それが論文である。
6つのステップ
- 問題を選択する
- 解決方法を選択する
- プロジェクトを運営する
- プロジェクトを完成させる
- 定量的な評価をする
- 技術移管を行う
このアドバイスは、昔の自分に聴かせたい。 これは、自分が非常に苦労して得たものである。
1. 問題を選択する
新しい分野を発明して、それにしがみつくのか? そんな事をせずに、誰かが注目してくれる「本当の問題」を解決すべき。
短い期間で行えるプロジェクトにすべき。 どんなものでも思ったよりも時間はかかるし、学生の在学期間ともマッチしやすい。 プロジェクト数とカレンダーの関係を学んで行く必要がある。 そして、失敗しそうなら早めに解った方が良い。
3年〜5年ぐらいはワクワクしていられる内容にすべき。 プロトタイプを作ると理解が進む。
2. 解決方法を選択する
複雑さを追求するのか? 複雑にならずに簡潔になるように努力をすべき。 ただし、複雑にすべき適切な理由がある場合はその限りではない。
最高の結果は「誰でも思いつく方法だ」と言われることだ。
複雑さは、設計/実装/テスト/デバッグに莫大な時間を要する。
コンピュータサイエンスメドッドは利用せずに、「本当の問題」を発見するために実験を行うべし。 直感は「質問をすること」に対して利用すべきで、「質問を答える事」に使うべきではない。
そして、もう一つ大事なこと。良い名前を見つける
例
- RISC (Reduced Instruction Set Computers)
- RAID (Redundant Array of Inexpensive Disks)
- ROC (Recovery Oriented Computing)
3. プロジェクトを運営する
フィードバックを避けるべきか? いや、外部の人によるフィードバックを定期的にうけるべきだ。 例えば、年二回など。
フィードバックをうけるための締め切りが発生し、それに向けて作業をすることでチームワークが生まれる。 また、学生が外部組織の人々と話をする機会が生まれる。
メンバーやチームの大きさを考慮すべき。 人格に問題がある人は全員に負担を強いる。 各分野毎に一人の教員をチームに招くと見解の不一致が発生する可能性が高まる。
4. プロジェクトを完成させる
外部の人は完成させたプロジェクトの数を見る。 開始したプロジェクトの数ではない。
成功するプロジェクトにも非常に辛い時期はある。
遅延が発生しているようであればプロジェクト数を減らすという方法もある。 「遅延しているプロジェクトに人員を追加する行為は、さらにプロジェクトを遅延させる」
5. 定量的な評価をする
あなたが間違っていると言われなければ、あなたが正しい事も証明できない。 他者が結果を検証出来るように詳細な情報を提供すべき。
ベンチマークは重要である。 ベンチマークはフィールドを構成する。 悪いベンチマークは進行を阻害する。
6. プロジェクトを完成させる
論文の発表は「技術移管」か? いや、そうではない。 問題の選択こそが「本物(real stuff)」だ。
産業界は環境の変化には乗り気にならない。
Howard Aiken, circa 1950: ビジネスにおける問題は人々にアイデアを盗まれることではない。人々があなたのアイデアを盗むように仕向けるにはどうするかだ。
どこかの企業がそれで成功しなければならない。 そして、その企業に続いて産業界が動いて行く。
RISCとSUN、RAIDとCompaq,EMC,etc
技術移管のPros/Cons
Pros
- 個人的満足:自分の成果が他人に使われること。
- 収入(潜在的に)
- 知名度
Cons
- ビジネスプランやセールスやマーケティングや予算や雇用を学ばなければならない
- 上記に時間を取られる
- 起業のうち10%しか成功しない
- 起業が失敗すると悪名が自分にも降り掛かる
最後に(プレゼン資料を読んだ感想)
「悪いキャリア」として紹介されている方法の中には、非常に魅力的で心引かれるものもありそうです。 例えば、「その分野の第一人者になってしまえ」というのは良い事のように思える場合もあります。 本当の意味で新規性のある発見をして自分で巨大な分野を作るという場合もあり得ますが、夢だけを見て重箱の隅で勝手に「分野」を無理矢理発明する行為は確かに駄目なキャリアだということなのでしょう。
パターソン教授の講演内容が示唆するものは、必ずしも学術の世界に限定した話ばかりではないかも知れませんね。 「わかっちゃ居るけど」というのも多そうだ。。。と弱気になってしまう今日この頃でした。
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