IPv6マルチキャストで日本の大学授業をアジアへ提供(SOI Asia Project) [ORF2008レポート]
日本の大学で行われている授業をアジアへ提供しているSOI Asia Projectです。 IPv6マルチキャストを使った映像配信を行っています。
授業配信の仕組み
SOIでは、衛星回線を利用して日本の大学で行われている授業をアジア各国へ配信しています。 衛星回線といっても、いわゆる衛星放送ではなくIPv6によるインターネット映像配信です。
授業は主にIPv6マルチキャスト+RTP(Realtime Transport Protocol)を使って行われます。 教室からの映像はDVTS(35Mbps)などを利用してリレーサイトへと転送されます。 リレーサイトは、各受信サイトの必要品質に応じた映像を再エンコードするなどして再配信します。 各受講者サイトからの質問などのリアルタイムなフィードバックもできます。
SOI Asia Projectでは、授業の配信だけではなくインターネット接続環境の提供も同時に行っています。 インターネット接続環境は衛星回線と地上回線を併用したUDLR(Uni-Directional Link Routing)を使っています(UDLR解説は後述)。 UDLRを使う事によって、ダウンストリームは広帯域な衛星回線を利用し、アップストリームは狭帯域な地上回線(高速回線を使えない環境が多いためです)を利用しています。
何故IPv6か?
IPv6マルチキャストという表現を見て「何故IPv4を使わないでIPv6でやるんだろう?」と思うかもしれません。 SOI Asia ProjectがIPv6を使っているのは、実はIPv4では出来ないからです。
近年、IPv4アドレスは枯渇し始めています(詳しくは「IPv4アドレス枯渇/IPv6記事一覧」をご覧下さい)。 そのため、新規にインターネットに参加するアジア各国はIPv4アドレスの確保が難しくなりつつあります。 また、IPv4アドレスはAPNIC(Asia Pacific Network Information Centre)にお金を払わなければならず、その負担が大き過ぎてしまうという理由も同時にあります。
これらの理由から、まだインターネット基盤の整備が十分ではないアジア各国が授業に参加するためにはIPv6が必要になっています。
USBブート授業システム
ORF2008では、「DOKODEMO SOI」というUSBブートLinuxシステムが展示されていました。 USBブートが出来るようにBIOSの設定を変更するだけで、IPv6マルチキャストによる授業映像ストリームが受け取れるようになります。 USBを取り外してPCをリブートすれば元の環境に戻ります。
アジア各国ではIPv6を利用できない古いソフトウェア環境が未だに数多く利用されており、それらの環境を変更せずに授業時だけIPv6を受信するようにするためです。
IPv6マルチキャストが利用できないネットワーク環境への適応という側面もあります。 例えば、IPv4しかない環境下ではトンネルを張ってIPv6マルチキャストを受信できます。
展示会場では、DOKODEMO SOIシステムが入ったUSBメモリが展示されていました。 要は普通のUSBメモリです。 中身はFedoraのLiveUSBです。
これをPCに挿した状態でPCをブートすると、IPv6を使って授業を受信できるLinuxシステムが起動します。
ORF 2008当日は、六本木ORF会場で行われていたセッションなどが放映されていました。
参加組織
以下、参加組織一覧です。
組織名 | 国名 |
---|---|
ブラビジャヤ大学 | インドネシア共和国 |
サムラトランギ大学 | |
ハサヌディン大学 | |
バンドン工科大学 | |
シアクアラ大学 | |
ラオス国立大学 | ラオス人民民主共和国 |
ヤンゴンコンピュータ大学 | ミャンマー連邦 |
マンダレーコンピュータ大学 | |
チュラロンコン大学 | タイ王国 |
アジア工科大学 | |
プリンス・オブ・ソンクラ大学 | |
チュラチョームクラオ・ロイヤル・ミリタリー・アカデミー(タイ) | |
マレーシア科学大学 | マレーシア |
Asian Institute of Medicine, Science & Technology | |
Institute Of InformationTechnology | ベトナム社会主義共和国 |
Hanoi University of Technology | |
Vietnam National University | |
Advanced Science and Technology Institute | フィリピン共和国 |
University of San Carlos | |
モンゴル科学技術大学 | モンゴル国 |
トリブヴァン大学 | ネパール王国 |
Institute of Technology of Cambodia | カンボジア王国 |
University of Health Sciences of Cambodia | |
バングラデシュ工科大学 | バングラデシュ人民共和国 |
Temasek Polytechnic | シンガポール |
奈良先端科学技術大学院大学 | 日本 |
慶應義塾大学 |
補足
一部補足です。
マルチキャストとは?
インターネット上での代表的な通信方式の一つです。
IPv4ではユニキャスト(通常の1対1通信)/ブロードキャスト(全体へ)/マルチキャストという3つの通信方式があります。 IPv6ではユニキャスト/マルチキャスト/エニーキャスト(最寄のサービスへ)という3つの通信方式があります。 マルチキャストは、送信ホストから送信された一つのパケットがルータで複製されながら、受信したい人に配られていく仕組みです。
ライブストリーミングなどでマルチキャストを利用すれば、同じデータを何度も送信し直す必要がなくなるため、ユニキャストと比較するとサーバの負荷が大幅に削減できます。 また、ルータの間を通る同じ内容を持つパケットが一つだけになるため、ネットワークの帯域も大幅に削減可能です。
マルチキャストはライブストリーミングを行うには非常に優れた技術ですが、ネットワーク管理者の助けを借りなければエンドユーザはルータを超えるマルチキャストを使えません。 ネットワークを運営する組織が自組織用にマルチキャストを商用で使っている例はありますが、例えばISPなどで一般向けに全てを解放しているということはあまりありません。 そのため、現状ではマルチキャストはあまり表に出てこないネットワーク技術と言えそうです。
なお、ルータを超えないマルチキャストは非常に身近です。 様々なルーティングプロトコルがネイバーを発見するためにマルチキャストを使っていますし、UPnPでもUPnPデバイスを発見するために利用されています。
UDLR(Uni-Directional Link Routing)とは?
片方向リンクを利用した経路制御方式です。 主に衛星回線で利用されます。 地上にある端末は、衛星回線からデータを受信しつつ、データ送信は低速な地上回線を利用します。
一般的なインターネット経路制御プロトコルは、各回線(リンク)が双方向通信可能である事を前提に設計されています。 例えばリンクに対してqueryを送って、同じ回線から回答が来なければ、隣にはルータがいないと判断します。 そのため、一般的な経路制御プロトコルは、誰でも簡単にデータを送信できるわけではない衛星回線とは相性が非常に悪くなっています。
このように一般的な経路制御の仕組みでは、衛星回線を使った効率的な通信が行いにくいのでUDLRが開発されました。
UDLRは、RFC 3077 : A Link-Layer Tunneling Mechanism for Unidirectional Linksとして標準化されています。
DVTS(Digital Video Transport System)
私が学生時代に作ったオープンソースのフリーソフト(BSDライセンス)です。 一般的な民生用DVカメラのIEEE1394(別名FireWire、iLinkなど)端子から出てくる映像/音声情報をそのまま抜き出してIP/UDP/RTPパケットにカプセル化して転送できるようにしたものです。 物理的には数メートルしか延長できないIEEE1394ケーブルを論理的に延長することによって、地球の裏側まで生DVデータをリアルタイムに運べるようにしたものです。 Linux/FreeBSD/NetBSD/Mac OS X/Windowsで動作します。
最後に
SOIは日本国内向けにも大学授業を公開しています。
SOIは1997年9月より活動を開始しており、過去の様々な授業映像と発表資料が見られるようになっています。 興味がある方は是非ご覧下さい。 かなり頑張って見続ければ数週間は勉強し続けられると思うので、お勧めです。
notice
この記事はORF2008レポートです。
最近のエントリ
- 「ピアリング戦記」の英訳版EPUBを無料配布します!
- IPv4アドレス移転の売買価格推移および移転組織ランキング100
- 例示用IPv6アドレス 3fff::/20 が新たに追加
- ShowNet 2024のL2L3
- ShowNet 2024 ローカル5G
- ShowNetのローカル5G企画(2022年、2023年)
過去記事